The Japan Society of Archives Institutions Kinki District Branch Bulletin 全史料協近畿部会会報デジタル版 No.63 2018.9.27 ONLINE ISSN 2433-3204 |
■第146回例会報告■ 2018年(平成30)8月18日(土) 会場:郷之口会館(京都府綴喜郡宇治田原町) |
体験してみよう! よその現場 現場が変われば必要な技術も変わります 本例会では、昨年に引き続き宇治田原町・郷之口会館において古文書調査のワークショップを開催した。これは、資料撮影やそれにともなう撮影データ管理が外注されることが増え、若い担当者が現場技術を継承することが難しくなる現状を踏まえ、資料撮影の注意点、大型絵図の撮影方法、ラベリング糊の作成・使用法、撮影PCデータの管理方法などを体験し、応用可能なスキルを身につけることを意図して企画されたものである。 講師の島津良子先生は、宇治茶の世界文化遺産登録指定に向けた推進事業の中で、京都府農林水産部農政課の委託により、宇治茶関連古文書調査として5ヶ年の予定で郷之口地区の区有文書の調査を行っている。限られた予算と人員、期間の中での全102箱に及ぶ大量文書の調査であり、今回のワークショップで実際の郷之口区有文書を素材として披露された調査のスキルも、こうした実践の中で培われ、磨かれてきたものである。今回もふだんからアルバイトとして調査に参加されている奈良女子大学の学生・院生さんにもスタッフとしてお手伝いいただいた。 実習前の講義(島津良子氏) 例会では、まず、参加者の自己紹介と、今回のワークショップへの意気込みが語られた。自治体の博物館、大学史編纂などそれぞれの職場で古文書調査や公文書の整理に従事されている方が多く、絵図の撮影、デジタルデータの管理などそれぞれに課題や悩みを抱えている方が多いようであった。 次に、実際の体験に先立って、島津先生よりレジュメに即して「大量文書の調査」について講義があった。「はじめに」では記録史料の資料化の意義、郷之口区有文書調査事業の概要について説明があった。次いで具体的な作業の注意点や手順について説明に入り、「2.蔵出し」、「3.個別史料の処置」、「4.PCデータ入力」、「5.目録、解読文、現代語訳の作成、加工データ(年表、統計類の図表など)の作成」「6.報告書の作成」についてそれぞれ詳細に説明があった。 「2.蔵出し」に関しては、見取り図作成や写真撮影による現状記録を行うこと、限られた条件のなかで全点の悉皆調査が難しい場合もあるが、どのような調査であれ、箱ごとの概要調書を採ることの重要性を説かれた。概要調書は、箱ごとにどの時代の、どのような文書が何点、どのような状態であったかを一枚の調書に記録するものであり、調査の遂行上、または、調査終了後も将来の継続・追加調査に備えて、重要な記録となるとのことであった。 「3.個別史料の処置」に関しては、美濃紙と沈のり(生麩糊)を用いたラベリングの方法の手順とその方法を採る理由、付番の原則と手順、写真撮影の方法について説明があった。美濃紙と沈のり(生麩糊)によるラベリングの方法の有効性については、史料への安全性、耐久性、利便性、経済性、汎用性、可逆性といった性質を挙げられた。各施設、機関、史料によって事情も異なるが、適切な環境で保管される場合には適した方法であろう。 「4.PCデータ入力」ではデータの階層性・系統図的把握の方法、データ消失のリスク分散といった注意点について、「5.目録、解読文、現代語訳の作成、加工データ(年表、統計類の図表など)の作成」および「6.報告書の作成」では成果還元の具体的な方法と注意点について説明があった。今回のワークショップは調査の具体的なスキルが中心ではあったが、その前提となる問題意識や、多くの調査員との共同で取り仕切りながら調査を運営し、地元とも協力しながら成果還元するまでの一連の過程の心構えや注意点にも考慮が払われていた点が特徴的であった。 電子レンジを用いた沈のり(生麩糊)の作成 その後、講義をもとに実際のワークショップを行った。具体的には、郷之口会館内の文書が収蔵されている蔵の見学、調理室の電子レンジを用いた沈のり(生麩糊)の作成、美濃紙と沈のりで「はみ出し部分」をつけての大型絵図の写真撮影、通常の写真撮影、パソコン上のデータ管理(フォルダ分け、リネーム)などの体験である。それぞれの詳細は本誌56号掲載の昨年度のワークショップ報告に譲るが、それぞれ長年の経験に基づいた創意工夫に基づくもので、他にも細かいところでは、マニラ麻の紙テープをはじめ、調査や写真撮影に用いる便利な小道具類の紹介もあり、役立つ情報が随所に組み込まれていた。 ワークショップが一通り終了した後には、参加者より質問や意見が交わされた。古文書調査の方法は、問題意識に裏打ちされた調査方法論として共有され、検証される必要がある。その意味で、調査の理念とともに、それに根拠付けられた具体的なノウハウを惜しげもなく披露され、公開の場に供された今回のような機会はきわめて貴重なものであり、意見交流を通してもその意図は達せられたのではないかと思う。 講師の島津先生、奈良女子大学の学生・院生の皆様、地元郷之口地区の皆様、闊達な議論をしていただいた参加者の皆様のご協力により、濃密な例会を終えることができた。 (服部光真 全史料協近畿部会運営委員、公益財団法人元興寺文化財研究所研究員) |
■参加記■ |
資料調査「よその現場」を体験して 上甲典子(亀岡市文化資料館) 宇治田原町にある郷之口区有文書を対象にしたワークショップ「体験してみよう!よその現場」の開催は、今回で3回目になるそうです。今年、念願かなってようやく参加することができました。運営委員である島津氏が調査を請け負われたもので、約100箱の区有文書に含まれる製茶関連資料の把握を目的とした京都府依頼の調査で、毎年、夏の11日間だけ行われています。ワークショップでは、調査の目的と概要、調査手順、付番とラベリング等の説明を受けたあと、糊を簡易に作る方法、大型絵図の張り出しを使った撮影、写真データの詳細な管理等を実際に体験させていただきました。 全体の内容については、『Network』56号に第134回・140回例会の記録がまとめて掲載されていますので、この参加記では個人的に興味を感じたことをいくつか記してみたいと思います。 まず、1つ目は調査体制についてです。調査が行われる郷之口公民館では、ちょうど地蔵盆の行事で地区の方々も大勢集まっておられました。途中、御詠歌の鉦や歌も聞こえる中、私たち見学者を温かく迎えてくださったのは、ひとえに調査チームが築かれた信頼感があるからだと思います。地域社会に入り込んでの調査は、残された資料を肌で感じることができる、とても魅力的な環境といえます。 島津氏が代表である調査チームは、中核となる大学院生2〜3人と、現場体験をしながら実作業を担う学部生が入れ替わりながら構成されるものでした。島津氏によれば、続けている学生の何人かは(調査に)はまって経験を積みながら中核となり、最近では資料保存機関に就職する学生も増えてきたそうです。また一方で島津氏は、伝統的な調査方法が引き継がれず、途切れてしまうことに危惧を感じておられるようでしたが、ここでは経験豊富な指導者とその意図を汲む教え子らによって、かつては数多く活動していた資料調査チームに出会った印象でした。 デジタル撮影 2つ目は、調査目的が宇治茶関連資料の特命を帯びていたことです。もちろん、一昔前の抜き取り調査とは異なります。資料群をくずすことなく部分調査に対応するには高度な技術が必要だと思いますが、確立した調査方針と手順があれば、どんな要請にも対応できる余裕を感じました。具体的には、全容を把握するために現状記録と概要調査を文書群すべてに施し、その過程で特定できた宇治茶関連資料を抜き出して詳細に記録する手法です。写真撮影と目録作成を行い、最終的には解読文や現代語訳などを作成して報告書にされます。それ以外の資料には手を出さないというストイックな作業が想定されますが、これも段階的調査を踏まえてのことなので、宇治茶関連以外の資料も、また別の機会に調査できる可能性が十分にあるので、納得して実施できるのでしょう。 3つ目は、ラベル添付の糊についてです。前回の参加記を読んで、目から鱗だったのはレンジを使った糊作りの部分でした。伝統的な沈糊を使う場合、糊を火にかけて練り上げる工程が必要となり、大変な手間がかかる上、日もちがしません。そのため、亀岡ではラベルを貼付する際は、取り扱いが簡単なセロゲンを使っています。当日、島津氏は「私はとうとうレンジでチン!してしまいました」と沈糊で実演され、この日のレンジ糊の出来映えに満足しておられました(たまに失敗することもあるそうです)。この方法なら、今後、職場でも粘着力の強い沈糊を使用することを検討できそうです。実際にレンジでチン!すると透明で粘度をもち、それをスプーンでよく練ると簡単に半透明の糊ができあがりました。伝統的な材料を使いやすくするための工夫に感動しました。 写真データの管理を実見 もう1つ付け加えるとすれば、見学後の質疑応答で盛り上がった写真データのことです。撮影された写真データは、パソコンに移し資料ごとにファイルに振り分けられます。この詳細な画像管理は、かつての整然としたマイクロフィルムの感覚からきているのではと思わせるものがありました。そして、保存するハードディスクの容量に話が及び、参加者の中には、「(役所内での制約があり)うちは20GBしかありません!」と苦慮されている方もおられました。郷之口区有文書の撮影容量は1コマ4MB程度で、現在までの撮影データは全体で約38GB、それを1TBの外付けハードディスクに保管しており、報告書とともにハードディスクも京都府と宇治田原町に納品されるとのことでした。調査側も利用側も同じくPC環境整備が必要になってきています。 見学をとおして全般に感じたのは、従来のすぐれた伝統的手法は引き継ぎつつ、新しい資料保存の理念や技術も柔軟に取り入れ、多様化する現代的な要請にも対応していることです。それは同時に、調査流派の断絶を避け安定した体制のもと若手調査者を育成する場としても機能していました。また、島津氏らが構築した調査方法は、当日、参考資料として配布された『薬害資料データ・アーカイブズの基盤構築に関する総合研究』を見れば、古文書だけではなく、簿冊等が中心となる現代資料の調査にも通用するということがわかりました。 最後に、例会としてのワークショップについて触れたいと思います。盛りだくさんの内容のため、参加者から他の事例をお聞きするような時間的余裕はほぼなかったのが残念です。もう少し掘り下げて具体事例を検討する場がほしいところですが、例会というよりは、かつての近世古文書研究会のような実践的な情報をやりとりする場があれば…と懐かしく思いました。また、他にも「よその現場」として見学可能なところがあれば、ぜひ続けて企画していただければと期待しています。会場では、惜しみない技術の紹介と、異なる現場を持つ参加者のそれぞれに細やかなお気遣いをいただきました。末筆ながら主催者の皆様に厚くお礼申し上げます。 |