第160回例会テーマ:アーキビスト専門職の認証と養成
―国立公文書館のアーキビスト認証制度をめぐって―の開催
大月 英雄(滋賀県立公文書館 近畿部会運営委員)
本例会は、2021年(令和3年)1月に始まった国立公文書館のアーキビスト認証制度をテーマに掲げて開催した。当部会のなかにも、アーキビスト認証を受けた方、認証を目指している方、関心はあるが少し距離を置いている方など、さまざまな立場があると思われるが、このような制度を軌道に乗せていくことは、私たちにとって重要な課題である。
本例会では、アーキビスト認証委員会の委員を務める井口和起氏に、認証制度の現場ならびにその背景にあるアーキビスト専門職養成の状況について講演いただいた。その上で、国立公文書館でアーキビスト認証を担当する島田赳幸氏に、認証制度についてのコメントをお願いした。さらに、アーキビスト専門職の認証と養成について、様々な立場をもつ近畿部会員を交えたディスカッションを行った。参加者は30名であった。以下はそのうち、講演・コメントの要旨である。
1 講演「アーカイブズ専門職問題をめぐって
―アーキビスト認証委員会・2年の経験から―」
井口和起氏(京都府立京都学・歴彩館)
周知のように、公文書館法第4条に定められた「歴史資料として重要な公文書等についての調査研究を行う専門職員」は、附則第2項で「当分の間、地方公共団体が設置する公文書館には(…)置かないことができる」とされている。そのため、多くの地方公文書館では、専門職員未配置の状況が続いている。国立公文書館の人員体制も不十分で、2009年に公文書等の管理に関する法律が制定された折には、「専門職員の育成」や「資格制度の確立」の検討等が、衆参両院の附帯決議で盛り込まれている。そもそもこの「専門職員」の職務内容は、これまで必ずしも明確でなく、前国立公文書館長の加藤丈夫氏の主導のもと、2018年12月に「アーキビストの職務基準書」がまとめられ、2021年1月のアーキビスト認証制度へと結実した。
全史料協のアーカイブズ専門職に関する取り組みは歴史があり、公文書館法が制定された1987年には、早速小委員会・特別委員会を設置している。その後も、数多くの提言や要望書の提出、『会報』特集の企画、アンケート調査などを実施してきた。専門職問題委員会(現在の調査・研究委員会)では、@専門職制度の研究、Aアーキビスト養成の調査、B他団体との連携等の検討・議論を重ねてきている。
国文学研究資料館のアーカイブズ・カレッジが果たしてきた役割も大きい。この研修は、公文書館法の成立を機に「史料管理学研修会」として始まったが、2002年に現在の名称に変更され、公文書管理法の制定後は、運営方法と講義内容に変更がなされている。近年では、一橋大学大学院や中央大学大学院、昭和女子大学などと協働し、単位認定も行っている。
2004年にはアーカイブズ学会が創設され、2009年に学会登録制度の検討を始めている。2012年度から開始された同制度は、国立公文書館のアーキビスト認証制度へも大きな影響を与えた。
2021年1月から開始されたアーキビスト認証制度の目的は、アーキビストの職業としての高度な専門性をオーソライズし、@大学教育・国立公文書館等が実施する諸研修の受講者の増加、A関係する官公庁をはじめとする地域における公文書館・文書館等への積極的な採用・配置、B専門職員の安定した雇用、給与の改善等、専門家に相応しい処遇の実現を目指す、の3つである。初年度の2020年度は申請者数248名、認証者数190名、翌21年度は申請者数81名、認証者数57名となっている。申請者数・認証者数はともに大きく減少しており、本制度の将来が心配される。社会的な影響力をもつには、やはり「数の力」を発揮しなければならない。都道府県ごとの認証者数も偏りがある。
今後は、保坂裕興氏(アーキビスト認証準備委員会委員)がいうように、認証アーキビストの認証者をいかにケアし、フォローアップしていくことが重要になってくる。それぞれの実績・研究の報告をし、懇談会を設けるといった機会が欠かせない。ぜひこの(全史料協)近畿部会には、そのような人たちをつなぐ役割を積極的に果たしてほしい。
2 コメント「国立公文書館のアーキビスト認証制度について」
島田赳幸氏(国立公文書館)
国立公文書館が昨年、全国公文書館長会議構成館を対象に実施したアンケートによれば、認証アーキビスト取得のメリットについて、「はい」または「どちらかといえば、はい」と答えた機関は、合計65機関(68%)にのぼる。その具体的な理由として最も多かったものは、「館として、職員が専門性を有していることを対外的に示すことができる」(50機関)で、「職員自らが、専門性を有していることを公的に名乗ることができる」(47機関)がそれに続く。館にとっても、そこで働く専門職員にとっても、一定のメリットを感じている状況がうかがえる。長らく、国の公文書管理について発言を続けてきた松岡資明氏も、「政府も企業も、新しい時代に適応しようと変化していくプロセスのなかで、アーキビストが果たす役割は極めて大きい」と述べているように、何より社会的な期待は非常に高い。今後は歴史公文書の評価選別、移管文書の受け入れ、利用審査等の各段階で、各行政機関の理解を得る説明を行うことを含め、資質を高めるための研さんを促進することが求められるだろう。
現在、国立公文書館では、認証アーキビストの定着と拡充に向けた取り組みを進めている。今年5月に行われた「魅力ある新国立公文書館の展示・運営の在り方に関する検討会」では、「国立公文書館等、地方公共団体の公文書館等に認証アーキビストを定着させていくことが必要」であることが確認された。一方で、認証アーキビストの認証を得るには、高い調査研究能力と豊富な実務経験が必須であり、取得を目指す者の処遇、意欲の維持等が大きな課題となっている。
そこで当館では、認証アーキビストに準じて公文書等の管理に携わる人材の充実を図るとともに、認証アーキビストへの社会的理解を深め、その活躍の場を拡げるため、「准アーキビスト」の導入を検討している。
前述のアンケートでも、「「アーキビストの職務基準書」に定める職務の実務経験を有していないが、アーキビストに必要な知識・技能等を修得した者に資格を付与することは必要と思われますか」という問いに対して、「はい」または「どちらかといえば、はい」と答えた機関は57機関(58%)にのぼっている。「「アーキビスト」の名が付く資格のレベルを安易に下げるべきではない」、「「准アーキビスト」を設ける目的を明確にするべき」といった慎重な意見も踏まえて、今後はアーキビスト養成に取り組む高等教育機関等との情報共有・意見交換を実施し、よりよい制度を検討していきたい。
例会参加記
藤吉 圭二(個人会員・追手門学院大学)
今回の例会で井口氏、島田氏おふたりのご報告をお聞きして、アーキビストの認証制度はゆっくりとかもしれないが、また、なお解決すべき多くの課題はあるかもしれないが、着実に進んでいることを確認できた。アーキビストではないが社会におけるアーカイブズの役割、それにかかわるアーキビストの職務に関心を持つ者として、興味深く伺うことができた。
官民問わずどんな組織でも時々の異動によって様々な業務に取り組む一般の職員と特定の業務に特化してそれに携わる専門的な職員を擁している。組織内で割り当てられた職掌を踏まえ、適切な手順と形式に則って適切な書類を作成し、それをもとに業務を遂行するという点に注目すれば、業務記録の適切な作成と管理は組織で働くすべての職員に求められるとも考えられる。その意味で、適切な記録管理には組織の構成員にあまねく求められる部分もあると言いうる。広く一般の職員にも求められる領域を超えて、認証アーキビストに求められるのはどのようなものか。お二方のいずれもが言及された『令和4年度 認証アーキビスト 申請の手引き』(国立公文書館「アーキビスト認証」のページからPDFダウンロード可能)の冒頭には「アーキビストは、組織において日々作成される膨大な記録の中から、世代を超えて永続的な価値を有する記録を評価選別し、将来にわたっての利用を保証するという極めて重要な役割を担います」と記されている。レコード・マネージャーではなく、アーキビストの認証という点で、現場での作成などより事後の選別と保存に力点があると見ることができる。
この「極めて重要な役割」を遂行する力量を持つ専門職として認証されるには、「知識・技能等」、「実務経験」、「調査研究能力」という3要件について審査を受け適格と認められる必要がある。この3要件がどのような内実を備えたものかを具体的なレベルまで降りて詳述することは困難で、記述は抽象的なものにとどめざるを得ない部分も多く、それもあって今まさに現場で働いておられる実務担当者には、自分が申請したら認証される(していただける)んだろうかという不安を与える場合もあることがよく理解できた。特にこの10年ほどで整備されてきたアーカイブズ分野の大学院を経ずに現場に入られ、それぞれの業務遂行に貢献しつつ経験を積んでこられた方々が不安をお持ちであることへの理解は、お二方からも何度か示された。
そうした不安への理解と一緒に強調されたのが「2号申請」すなわち実務経験5年以上の担当者を対象とする認証区分だ。これは、大学院などでの教育課程や専門職としての認証のしくみが整備される以前に(もちろんそうしたものが整備されるずっと前から記録管理、資料整理の必要性はあり続けている)現場に配置され、不断の研鑽と努力によって業務をこなしてこられた実務担当者に対する、ようやくこの時点で可能となった、ある種の認知と顕彰だと見ることもできる。
業務の現場で適切に記録を作成、管理し、業務の終了後はそうした記録を適切に評価選別して重要なものは後世に伝えるアーカイブズとして保存していく。どちらも重要な仕事だが、特に後者に求められる専門性を国レベルの責任で認知していこうという、認証アーキビストの取り組みはまだようやく始まったばかりだと言える。専門性に対する十分な認知のないなか長らく現場で献身してこられた多くの実務担当者が、自分のやってきたことも認知を受けるに値するものだと自信をもって申請し、それによって、認証アーキビストの資格をもって記録管理や資料整理の業務に携わる人がますます増え、それぞれの現場で若い人たちのロールモデルとして腕を振るって下さるようになるといいと思う。
なお、井口先生にはご報告の中で『記録と史料』32号の「特集1・認証アーキビストの制度開始」収載の原稿をご紹介いただいた。広報・広聴委員会で編集にあたったメンバーと共に喜び、感謝申し上げ、あらためてご多忙の中ご寄稿下さったみなさまに謝意を表したい。
全史料協近畿部会第29回総会の概要
全史料協近畿部会の総会は、第160回例会シンポジウムに先立ち、令和4年6月26日(木)の午後13時20分から約1時間、同じく尼崎市立歴史博物館3階講座室で行われた。
まず、近畿部会15期会長の徳島県立文書館長金原祐樹氏のあいさつで始まり、15期(令和4年)の役員を承認を行った。役員は下記の通り。
会 長 *金原 祐樹 徳島県立文書館(機関会員)
副会長 伊元 俊幸 尼崎市立歴史博物館(機関会員)
委 員 *佐々木 智宏 福井県文書館(機関会員)
*小西 広晃 三重県環境生活部文化振興課(機関会員)
*雨森 久晃 (公財)元興寺文化財研究所(機関会員)
島津 良子 奈良女子大学(個人会員)
*青山 学 滋賀県立公文書館(機関会員)
井口 和起 京都府立京都学・歴彩館(機関会員)
監 事 田中 万里子 池田市立歴史民俗資料館(個人会員)
和田 義久 枚方市観光にぎわい部文化財課市史資料室(個人会員)
(内*印は新任)
次に令和3年度の事業報告及び、会計報告が行われた。新型コロナウィルス感染症拡大予防のため、令和3年度の総会・役員会および2回の運営委員会は全てZoomを利用したオンラインでの開催となった。
例会の開催は、6回を予定したが、うち2回を中止せざるを得なかった。4回開催の内3回はZoomを利用したオンラインでの開催となった。オンラインでの例会には全国的な非会員の参加があり、当会を知っていただく良い機会になっている。また、3月開催予定であった159回の例会を延期し、令和4年4月28日(水)に行った尼崎市立歴史博物館での例会は、2年ぶりの対面での例会となり、多くの参加者を得ることができた。また、副会長事務局(尼崎市立歴史博物館)が担当した、目録規則・デジタルアーカイブ研修(4回)と公文書管理条例勉強会(2回)開催の報告も行った。中止した例会のうち延期が可能なものについては、次年度に延期して開催する予定である。会報は6号及び月報は5号の発行を行い、例会活動の広報と内容報告を行っている。会員数は個人会員4名が増加し、通信会員が2名減少した事を報告した。事業内容と決算については一括して承認いただいた。
次に、会の運営を担う運営委員の承認を行った。運営委員は下記の通り。
井口 和起 京都府立京都学・歴彩館(個人会員)
大月 英雄 滋賀県立公文書館(機関会員)
佐藤 明俊 奈良県立図書情報館(個人会員)
島津 良子 奈良女子大学(個人会員)
曽我 友良 貝塚市郷土資料室(個人会員)
服部 光真 (公財)元興寺文化財研究所(機関会員)
橋本 陽 京都大学大学文書館(個人会員)
若林 正博 京都府立京都学・歴彩館(機関会員)
最後に、令和4年度の事業計画と予算案の承認を行った。総会1回、役員会1回、運営委員会2回、例会5回を予定している。会報『Network-D』および月報「Monthly News」のデジタル版での発行は、今後も着実に行っていく。例会については、Zoomによるオンライン開催や対面とオンラインでの開催を併用するハイブリッドでの開催も視野に入れながら、柔軟に対応していく。
また、近畿部会副会長事務局(尼崎市立歴史博物館)を中心に、昨年度から引き続いてオープンソースAtoM(アトム)を利用したデジタルアーカイブの試行を行う。さらに、公文書管理条例勉強会(市町村の文書に関する例規を読む研究会)を引き続き行う予定である。事業内容と予算は、上記の通り承認いただいた。なお、予算書の金額の一部に誤りがあり、会員には訂正した総会資料を送付する予定としている。総会は、滞りなく終了した。
(編集:金原祐樹 近畿部会事務局、徳島県立文書館)
総会参加記
田中万里子(個人会員)
6月26日(日)、全史料協近畿部会第30回総会が、尼崎市立歴史博物館において対面形式で開催された。対面形式の総会は3年ぶりとのことで、冒頭の徳島県立文書館館長金原祐樹氏による会長あいさつも、まず、そのことに触れられた。そして、これまで中止やオンライン開催を余儀なくされてきたなか、この4月に第159回例会をようやく対面形式で開催することができたことの意義を強調された。今回の総会会場であり、第159回例会会場でもあった尼崎市立歴史博物館の館長伊元俊幸氏も、締め括りの副会長あいさつで、同じ趣旨のことを感慨深く語られた。会長、副会長おふたりの実感のこもった言葉から、コロナ禍における部会運営に事務局がいかに腐心されてきたかが推察された。
議題のうち令和3年度事業報告では、新型コロナウィルス感染症の影響を受けつつも4回の例会と新たな企画として目録規則・デジタルアーカイブ研修ならびに公文書管理条例勉強会を開催したことが報告された。また、令和4年度事業計画では、総会後の第160回例会を含め5回の例会と公文書管理条例勉強会の開催、デジタルアーカイブの構築に向けたAtoM(Access to Memory)の試行継続を予定していることが示された。AtoMの試行継続については、総会資料に「検索システム・デジタルアーカイブ構築を全史料協近畿部会で試みる将来的には(中略)各機関の所蔵史料データ・画像を登録し、横断検索ができるシステムの構築を目指す」とその趣旨が記されている。こうした取り組みこそが、第159回例会に参加した方が「攻めている近畿部会」と評された所以であろう。
もとより、近畿部会は運営にあたる事務局があって成り立っている。事務局は、機関会員だから、大きな組織だからというだけで担えるものでなく、実務に携わる個々の会員の働きがあってはじめて機能する。今回、総会に参加して、このあたりまえのことを改めて再認識させられたように思う。部会を牽引してこられた人たちのなかには、すでに第一線を退かれた方もおられる。こうした方々の積極的な取り組みによって、今日の部会がある。これまで部会運営にかかわってこられたすべての方々に対し、敬意と感謝の意を表したい。
来年、近畿部会は30年を迎えるという。準備会の段階からお世話になってきたものとしては感慨深いものがある。近年はすっかり足が遠のいてしまっていたが、部会への参加をとおして、残り時間の少なくなった職場へも持ち帰れることがあるのではないか、そんな思いを抱きながら会場を後にした。