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 The Japan Society of Archives Institutions Kinki District Branch Bulletin
 全史料協近畿部会会報デジタル版
 No.57  2017.12.1 ONLINE ISSN 2433-3204
 第141回例会報告
2017年(平成 29)10月18 日(水)13:30〜16:00
滋賀県庁新館7階 大会議室


歴史的文書を考える―地域の歴史と地域の史料―
講師 井伊岳夫氏(彦根市歴史民俗資料室長)

講演会「彦根藩の明治維新」
 滋賀県では、保有する歴史的公文書の保存・利用促進を目的として、「シリーズ『歴史的文書』を考える」と題する講演会が毎年開催されている。近畿部会第141回例会は滋賀県との共催で、その第10回講演会と、関連企画展示の見学、意見交換会を行った。
 講演会は一般公開企画で、来年は明治改元から150年の節目ということもあり、「彦根藩の明治維新」と題して、講師に彦根市歴史民俗資料室長の井伊岳夫氏をお迎えし、ご講演いただいた。
 幕末の彦根藩というと大老井伊直弼が著名だが、その死後から明治維新にかけての彦根藩の動きはあまり知られていない。井伊直弼の死後、直憲が家督を継承するが、幕府中枢では文久の政変で直弼の政治が否定された結果、彦根藩は直弼が公武合体に悪影響を及ぼしたとして10万石が召し上げられる。このときの幕府の彦根藩に対する処遇、それによって生じた両者の一定の距離感が伏線となり、戊辰戦争では最終的に家中の分裂なく新政府軍を支持することとなり、彦根藩の軍勢は新政府軍として桑名や北関東、東北を転戦した。譜代大名筆頭の立場であった彦根藩が戊辰戦争では新政府軍を支持するに至るという意外性ある歴史の過程であったが、その激動の時代における彦根藩の政治的、軍事的な動向を丹念に追うことで、分かりやすく、かつ詳細にお話しいただいた。
 今回のご講演内容は、主に2009年に刊行された『新修彦根市史』(通史編 近代)の成果をもとにされたものであり、最後には歴史資料の整理、保存、公開の重要性についても喚起された。
 近畿部会関係者10名に加え多数の市民や県職員が集まり、テーマに対する関心の高さが伺えた。ご講演の後、藩政史料の残存状況などについて質疑応答が行われ、盛会のうちに講演会を終了した。
  講師の井伊氏
  講師の井伊氏

県政史料室の展示見学
 講演会終了後、同じ滋賀県庁新館の3階県民情報室内県政史料室にて開催中の第65回企画展「幕末を駆けた彦根藩士」の見学および館職員の方の展示解説があった。近畿部会関係者10名と、講演会終了後に県政史料室で展示を見学していて居合わせた一般の方10名ほどが参加した。この企画展示も、歴史的公文書の保存・利用促進を目的として毎年開催されており、講演会と連動するものである。
 展示資料は、滋賀県歴史的文書20点である。公文書という性格上、幕末の同時代史料はないものの、旧藩士の経歴や功績が記された大正期の贈位願をはじめとする関連書類によってその人物像を紹介するとともに、戊辰戦争の戦死者を祀った招魂社関係の文書や写真が展示され、公文書ならではの工夫されたアプローチによって明治維新期前後の彦根藩の動向が紹介されていた。展示で取り上げられた人物の多くは井伊氏のご講演にも登場し、当時の彦根藩の動向のカギを握った人物であり、そうした人物の歴史像に迫るうえでの公文書そのものの有する歴史資料としての価値を十二分に示す内容であった。

意見交換会
 展示解説終了後、県政史料室内の会議室にて、近畿部会の単独企画として講師の井伊氏と彦根市における歴史的公文書の保存・利用についての意見交換会を行った。近畿部会関係者10名が参加した。
 まず、司会の烏野茂治運営委員の求めにより、彦根市における市史編さん文書について井伊氏より紹介があった。市史編さんでは、昭和30年代に旧市史編さんを行った市立図書館、武家文書を収蔵する彦根城博物館、滋賀大学経済学部附属史料館などの各機関のほか、地方文書は旧市史の編纂後に合併した稲枝町など市南部を中心に調査が行われ、約450件の古文書群から近世文書と一部の近代文書90,330点の目録作成と、1,337本分のマイクロ撮影が行われ、4,000冊の写真帳にまとめられたことなどを説明された。
 次いで、彦根市歴史民俗資料室の業務内容について質疑応答があった。同室は、1994年に設置された市史編さん室の後身で、『新修彦根市史』の刊行終了後、2014年に教育委員会文化財課の課内室として設置された。彦根城博物館が武家文書、美術工芸を所管するのに対し、同室ではそれ以外の古文書と、民俗資料、写真、行政資料などを扱う。市史編さん時に比べて民俗資料などその範囲は広がったが、職員は文化財課の職員が兼務している。
 このうち古文書については、収蔵スペースがないため受け入れはせず、調査後に古文書箱に入れ、目録を添えて所蔵者(自治会が多い)に返却している。図書や地籍図などの絵図は目録が作成されており、申請によって閲覧、複写、撮影が可能で、公文書館的機能も一部果たしている。先祖調査、土地関係の問い合わせが多いという。一方、市史編さん時の収集文書は写真帳としてまとめられているが、市史編さんを目的とするものであったため、公開できない。閲覧には利用者が所蔵者から直接許可を得る必要がある。
 最後に行政文書についての質疑応答があった。市役所には概してあまり残っていないが、永年保存の簿冊目録は総務課で管理されている。その他、現在の支所出張所にあたる旧役場文書の簿冊目録は作成されているという。
 市史編さん室から新たな展開を果たした歴史民俗資料室の役割と実状に参加者の関心が寄せられ、各々の自治体の実例を交えながら歴史的公文書の保存・利用についての有意義な議論が交わされた。
 終了後、県政史料室の収蔵庫の見学があり、散会した。講師の井伊氏、滋賀県県政史料室のご協力により、濃密な例会を終えることができた。
服部光真 全史料協近畿部会運営委員、公益財団法人元興寺文化財研究所研究員)
   
 
第141回例会参加記
全史料協近畿部会第141回例会に参加して
  
   植田佳子(三重県総合博物館 調査・資料情報課嘱託員)
 平成29年7月から三重県総合博物館の調査・資料情報課の嘱託員として資料閲覧室を担当しております植田佳子(うえだ よしこ)と申します。
 この6月末まで県内の市立図書館に勤務しており、公文書や古文書については初心者ですが、上司や諸先輩方から温かく指導をしていただきながら日々業務を遂行しています。

 平成29年10月18日に開催されました全史料協近畿部会第141回例会「歴史的文書を考える」第10回講演会(県庁新館7階 大会議室)、県政史料室の展示見学会・講師との意見交換会(県庁新館3階 県民情報室内)、県庁文書庫の見学(県庁新館7階)に参加させていただきましたので、そのことについて報告させていただきます。

 講演会では、彦根市歴史民俗資料室長の井伊岳夫氏の講演「彦根藩の明治維新」を拝聴しました。安政7年(1860)桜田門外の変の後、井伊直弼から直憲へ家督継承された彦根藩が、幕末の激動のなかで、石高や名誉の回復、地位浮上のためにどのように動いていったのかを、臨場感たっぷりに、わかりやすく解説してくださいました。県外の生の自治体史に触れられる貴重な機会をいただき、資料が残されているからこそ、このような史実を知り得ることを実感いたしました。

 講演終了後は、県政史料室で「幕末を駆け抜けた彦根藩士−官軍となった井伊の『赤備え』」と題された関連資料の展示を見学しました。
 職員の方のわかりやすい解説とリーフレットによって展示への理解が大きく深まり、文書類の展示における解説の重要性を感じました。また、県政史料室に常備されている刊行物「滋賀のアーカイブズ−滋賀県県政史料室だより」には、資料紹介に加えて閲覧方法、検索の手引き等が掲載され、どのような資料があって、資料からどのようなことがわかるのか、求める資料をどのように探したら良いのかが、初心者にもわかるように書かれています。わからないことがあれば気軽に史料室に聞いてみようと思わせるようなオープンマインドな内容で、利用教育の観点においても大変参考になりました。
  滋賀県県政史料室の展示見学
  滋賀県県政史料室の展示見学

 その後、県政史料室隣りの個室に場所を移し、近畿部会の単独企画として講師との意見交換会が行われました。
 はじめに、講師の井伊氏が、近年刊行された『新修彦根市史』の編さんにあたっての資料収集やその後の保存・活用の状況について、昭和30年代に行われた前の市史編さんからの流れをふまえて話されました。新修版を刊行するにあたり、前の編さん時に図書館を中心に作成された郷土資料目録をもとに、改めて大学教員などの専門家が目を通して一次資料を撮影して紙焼きし、目録を再作成したという経緯からは、資料整理における専門家の必要性が認識できました。そのうち近世以降の文書については4,000冊程の写真帳を作成したこと、個人から収集した資料の場合は、古文書箱と目録を付けて原本の返却作業を行ったというお話なども聞くことができました。自治体史の編さん作業が、資料の収集のみならず、資料整理や目録作成を通して、のちの資料の活用にも大きく貢献している事例であるという印象を受けました。
 意見交換会では、自治体史編さん後の資料の保管や貸出、閲覧手続き等の管理体制を模索されているお話や、人員の問題、編さん目的外の閲覧対応等の質疑応答があり、どこの館も少なからず共通の悩みを抱えていることを認識しました。そのほか、世代交代で失われる文書の有無や対策に関する質問もありました。滋賀県内の場合は、自治会所有の文書が多いこと、保管場所は自宅外の公共性の高い場所(公民館など)が多く保管スペースの問題が少ないこと、自治会の方々の保存意識が高いことなどから、世代交代で失われる文書が少なく、引き取り依頼の相談もほとんどないとのことでした。その事例からは、地域の方々の郷土への関心が、地元の資料保存につながる要因になることを改めて感じました。

 最後に、文書庫を特別に案内していただきました。県庁内に現用文書と歴史的文書が一元化されて保管されているため、行政利用が多いという特色がありました。ラベルの貼られた中性紙の箱が整然と並んでいる光景や、担当の方からのお話から、迅速な出納が可能で、閲覧体制が整備されているという印象を受けました。

 この例会に初心者として参加することには不安がありましたが、現場の皆さんの声や目で見た体験から得たものが想像以上に多く、参加させていただいた意義は大きかったと思います。この経験を生かして、今後とも、よりいっそう資料の保存と活用について勉強していき、担当である公文書や古文書の閲覧業務に貢献していけたらと思います。

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