記録遺産を守るために
トップページ  近畿部会トップページ
全史料協近畿部会会報デジタル版ロゴ
 The Japan Society of Archives Institutions Kinki District Branch Bulletin
 全史料協近畿部会会報デジタル版
 No.61  2018.6.5 ONLINE ISSN 2433-3204
 第143回例会報告
2018年(平成30)5月11日(金)
会場:福井県文書館


シンプルで使いやすいデジタル・データ公開への取組み

 この例会は、多くの資料保存利用機関で一般的に取り組まれている、収蔵資料に関するホームページでの情報提供について事例報告を行い、シンプルでより使いやすく、今後の発展的な展開にも繋がるデジタル・データの整備と公開のあり方を、コメンテーターとともに考えようとする企画であり、金沢からの一般参加者を含む33名が福井県文書館研修室に集まった。

 目録・画像・テキストの3つの側面からの事例報告では、必ずしも先進事例とはいえないかもしれないが、資料調査・整理、展示等の日常業務の中で取り組まれている、多くの参加者に共有できる事例が示された。具体的には、以下の構成で報告と質疑応答があり、その後のコメンテーターによる提案をもとに、討論が行なわれた。
   1)目録   山崎竜洋氏(五條市教育委員会)、
   2)画像   玉城玲子氏(向日市文化博物館)
   3)テキスト 柳沢芙美子氏(福井県文書館)
   コメント 阿児雄之(合同会社 AMANE 客員研究員)
  近畿部会第143回例会 フロアーから
  例会のフロアーから

事例報告
1)目 録

 まず奈良県中部、五條市の五條文化博物館における収蔵資料目録の公開と取組みの現状と課題について報告があった。五條市では、市の文化財課サイトで整理が終わった目録を随時pdfで公開している(寄贈寄託を含む資料群数21件、11,219点)。
 これは、2015年度に教育委員会で独立したサイトを作成した際に、「五條文化博物館収蔵の古文書閲覧・利用のご案内」のページを新設したものであり、収蔵するだけではなく、公開し利用されてこそ、資料の価値が高まるとの考えから、市民や研究者にどのような資料を収蔵しているかを、まず提示することを主眼としているという。
 これにあわせて、事前申請のための「特別利用許可申請書」へのリンクと記入例、申請書提出後の手続きの流れも図示している(寄託資料の閲覧では、所蔵者への事後報告制を採用)。担当者2名で整理が終わったものから目録を掲載し、これは市ホームページの「新着情報」にも反映されている。

 特殊な技術を使っていないという意味で、担当職員が異動しても継続可能な方法である。必ずしも閲覧のための機関ではない博物館が、積極的に目録を公開しようとするこうした取組みは、掲載pdfを着実に増やしてきているというその実績からも、先進的といってもいいと思われた。昨年からは、講座のテキストや展示資料にも資料番号を付すなどの工夫をして、少しずつではあるが、閲覧される事例がでてきているという。
 だが、サイトに載せはしても、検索エンジンで検索にヒットしないと見つけられにくい。大量の未整理資料をより迅速に公開していくためには、資料群単位ではなく、容器(箱)単位での公開もありうるか、といった悩みも示された。

2)画 像
 向日市文化博物館の事例では、2012年(平成24)・2013年(平成25)の国の緊急雇用創出事業(震災対応)によって、それまで実施することができなかった古文書マイクロフィルムのクリーニング・保存包材交換・スキャニング、記録動画VHS・8mmフィルムのDVD化、ホームページ開設(企画・構成・デザイン含む)が可能になった。
 これによってデジタル化したデータをもとに、現行の「むこうしアーカイブ」(民俗資料、古文書・絵図資料、写真資料、絵画資料、模型資料、映像資料)を作成した。館常駐のスタッフは、古文書や民具を専門とし、特別展・テーマ展や各種事業は、これらの資料(考古資料以外)を取りあげて展開しているという。

 ただ「むこうしアーカイブ」で取りあげられている資料は、けっして代表例というわけではなく、またそのジャンルの資料全体が掲載されているわけでもない。今後、資料の選択を地域の歴史や風土を紹介するに相応しいものに更新したいと考えているが、日常的に展示や普及活動を展開する中でホームページ運営に人員を割きにくい状況である。また、市のホームページの更新が絡むことによって、階層が複雑になり、なかなか目的の資料画像に辿りつけないという問題も起きている(これに対してはフロアーから、リンク一覧を上位の階層に作成し見やすく改良する提案もあった)。
  山崎報告(質疑)
  山崎報告(質疑)

 独立したホームページをもたない状態で拡張は可能か、あるいは独立を目指すべきか、デジタル化された素材はあっても、ホームページ掲載のための選択基準、優先順位はなにか、必要な環境(予算・人員)をどう確保するか、通常の業務とのバランスをどうとるか、といった課題が示された。

3)テキスト
 福井県文書館では、開館準備段階で職員が自前で作成したページ「デジタル歴史情報」(『福井県史』通史編全6巻、図説、年表等)を開館後も拡充してきた。多くがくずし字で書かれ、作成のコンテクストも容易にわかりにくいアーカイブズ資料の価値を一般利用者に理解してもらうための”仕掛け”として、展示等を通してテーマ設定や翻刻・解説を行っており、その内容をその都度職員がホームページに追加している(これらのhtmlを中心とするファイルは、5,000ファイルを超えるため、図書館と共通のホームページとは別のストレージに保存)。
 こうした側面だけではなく、閲覧利用を助けるという意味でもテキストでの情報提供は重要だ。大部な資料にインデックスを付加したり、県庁機構の変遷(部課変遷)や、残存する新聞の年月日一覧できるデータ等を作成したり、資料を検索する上で役立つツールもテキストで提供している(pdf・html)。

 その際、筆耕ボランティアや校合の外部委託を取り入れている。現行のシステムからある程度まとまった量で、目録とともに画像を提供できるようになったことから、利用者は読みのテキストが不分明な場合は、画像にかえってみることができるようになった。
 従来のように、校合やレイアウトに膨大な時間を費やして印刷する資料集の意義を認めながらも、一方で一定程度読み切れない部分を含むが、相応に役に立つテキストのオープンデータ化と、それに対応する画像提供という新しい情報提供のあり方を模索している(近日中に幕末福井藩関連の筆耕・入力データを公開予定)
  

 課題としては、システム更新の際に中世文書のフルテキストと目録をリンクさせたシステムがうまく引き継がれず、”迷子”になっている問題、公文書・寄贈資料・寄託資料に加え、県史編さんの流れからフィルムと画像のみを所有している場合など所蔵関係が複雑であり、それぞれの利用条件を整理して、利用者にわかりやすく示す必要がある点などが示された。

コメントと討論
 コメンテーターからは、まず「なにをもってのシンプルなのか?」「なにが使いやすいのか?」という問いかけがあった。
 そのうえで目録については、ファイルをダウンロードする形よりもHTMLに掲載する形の方がGoogleなどの検索にかかりやすい。さらにファイル形式もPDFに加えて、Microsoft Excelやカンマ区切りテキストも公開すると、利用者は並び替えができ、また加工も可能で使いやすいだろう。公開の範囲は、迅速に公開できるのなら箱単位でもいい。

 画像に関連しては、組織の改変に伴ってウェブサイト更新が起きても資料へのアクセスを保証するような仕組み(永続的識別子の付与など)が必要だろう。
 また資料館の日常的な業務との関係をどのように考えていくか。展示・教育普及活動の成果を順次デジタルコンテンツとして整備していくのがいいのではないか。機関内部での使いやすさ、日常業務を効率化するためのシンプルさが継続的なデジタル化と外部への情報提供を支えていく。その意味でホームページも新たに作り直すという発想を壊し、館本来の事業に関連して進めたほうがいい(SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)。

 テキストについては、閲覧利用を助けるテキストという発想はいい。これも再利用しやすい形で資料情報が公開されれば、利用者自身がさらに追加していくこともできる。研究者はテーマ別の目録を日々作っているようなものだ。また、地域共同リポジトリ(福井大学)のような”大きな波“に乗ったのは得策。翻刻については、間違いを受け付ける体制とシステムができると面白い(これに関連しフロアーから「みんなで翻刻」の事例が紹介された)。
提案1:コンテンツ流通(阿児雄之氏のコメント資料より抜粋)
  図は、阿児雄之氏のコメント資料より抜粋

 全体を通しては、機関の基盤となっている資料整理・調査・展示・教育普及活動などの業務とデジタルアーカイブを分離しないこと、継続的な技術・環境変化を受け入れながら、情報の作成、公開、活用、還元というコンテンツの流れを再構築していくことが大切だろう。
 また、現在進行しつつある「ジャパンサーチ(仮称)」のような“大きな波”を視野に入れて、それぞれ館の道筋を考えていく必要があるとの提案がなされた〈提案2〉。デジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会が取りまとめた「デジタルアーカイブアセスメントツール」を参照しながら、各館での確認項目や今後注力していくことが大事な点などを共有した。

 フロアーからは、ガラパゴス化した多様なサービスを整理(システムに依存しないシンプルで頑健なデータ)し、共用サーバに移行した大学図書館の事例、いかにテーマや目的が明解になっているかが、システムを拡張する際の成否を左右する、誰もが翻刻に参加でき、間違いが修正される仕組みの可能性、ボーン・デジタルで作成される公文書等を、将来の危険性を考えて紙でも保存していく必要があるか(分散と集中のバランス)、関連して近年ホームページに掲載されている行政情報(かつて出版されていたものと同質の計画や報告など)の収集と保存といった点について、活発な議論が交わされた。
 (柳沢芙美子 全史料協近畿部会事務局、福井県文書館)

   
 
参加記 1
「シンプルで使いやすいデジタル・データ公開への取組み」に参加して
   杉野 和彦(滋賀県県民生活部県民情報室)

 全史料協近畿部会第143回例会は、「シンプルで使いやすいデジタル・データ公開への取組み」をテーマとして、平成30年5月11日(金)に福井県文書館で開催されました。もともとは2月9日の予定でしたが、37年ぶりの豪雪のために延期となり、この日の開催になったとのこと。今回のテーマは、現在、当室で検討を進めている、現用文書で歴史的価値のある文書の公文書館への引継ぎ、引継ぎ後の文書の保存管理、利用、公開等に係るシステムの機能、要件等とも密接に関連するものと思われ、私自身は初めてこの例会に参加させていただくこととなりました。

 最初に福井県文書館の江端館長から御挨拶があり、次に3つの事例報告がありました。
・「五條市における文書目録の公開について」
  五條市教育委員会(市立五條文化博物館)山崎竜洋さん
・「画像 ホームページでの収蔵資料公開」
  向日市文化資料館 玉城玲子さん
・「テキストの力 福井県文書館の情報提供と課題」
  福井県文書館 柳沢芙美子さん

 事例報告では、文書資料は収蔵するだけでなく、公開してこそ価値が高まるとの考えから、所蔵資料について、文書目録(冊子)の刊行を待たずに整理の終わったものから随時、PDFにて積極的にホームページで公開し、利用手続きもわかりやすく示されていること、その作業は、限られた人手や予算の中、職員がエクセルで入力したデータをPDFでアップされていること等が報告されました。
  玉城報告(質疑)
  玉城報告(質疑)

 また、館の業務としては古文書の目録作成などアナログ的な作業が多い中、なかなかホームページにまで手が回らないが、緊急雇用対策事業交付金等を活用し、その範囲でできるところから資料のデジタル化事業を進め、マイクロフィルム、紙焼き写真のバックアップとしてのデジタル化、ホームページ開設、資料の画像化(デジタルアーカイブズ)を行い、一部はホームページで提供されていること等が報告されました。

 アーカイブズシステムの整備、運用、古文書のテキスト化等に関しては、大量のデジタル化に係る予算確保の難しさ、システム更新時に前システムで整備されたデータが一部に表示・リンクできなかったこと、また、古文書のくずし字を読み解くハードルが高いためテキスト化を進めていくが、この場合、95%の正確さ(誤りや読みきれていないものを含む。)でもテキストのオープン化と画像提供を行えば、利用者に最終校合してもらえるという考え方で、完璧を求めすぎず、資料の整理をしながら試行的に公開していこうとしていること等が報告されました。
  柳沢報告
  柳沢報告

 休憩の後、合同会社AMANE客員研究員の阿児雄之氏からのコメントと質疑応答、討論がありました。私の知識・理解の不足により正しく聴き取れていない点もあると思いますが、印象に残っているのは次のようなことです。
 ・  何がシンプルで使いやすいかは人によって異なるが、HTMLの方がGoogleでヒットしやすい。Excelは並べ替えができ、PDFは印刷しやすいので両方を出せればよい。
 ・  組織改編やウェブサイト、システムの更新があっても資料データへのアクセスを保証する仕組みが必要であり、システムを作り直すという発想ではなく、持続させるためにデータの持ち方をシンプルにする。
 ・  資料館の活動とデジタルコンテンツ整備を分けて考えず、展示や資料整理、教育普及活動等の成果あるいはその過程でのデータ整備を進めること、そのためにあえて整理の進んでいないテーマを展示に選び、データを整備していくという方法もある。
 ・  閲覧利用を助けるための翻刻には間違いを受け付ける体制をつくることが必要であり、テキストの公開は有意義。資料情報が公開されれば研究者等利用者自身が必要なテーマに沿って目録をつくることができる。
 ・  整備したデジタル・データの継続的な提供には、共同リポジトリといった大きな波に乗ることが大切。
 ・ 現用の公文書について、電子決裁の普及とともにデジタル化がさらに進み、今後、これら文書を公文書館に引き継ぐ場合に、紙の文書がなくデジタル・データのみということも出てくるが、これを永続的に読めるようにしておくためには、複数のフォーマットで保存する、システム更新のときにデータのマイグレーション(移行・変換)を行っていくこと等が必要。

 今回の例会では、文書館、資料館等で保存されている古文書等の資料(紙)をわかりやすく、簡単に、永続的に利用できるようにデジタル・データ化するにはどうすればよいか、ということでいろいろな事例、コメント、ご意見等をお聴きすることができました。特に、最初から完全を求め過ぎず、デジタル化できたところから公開していくこと、システムの更新はデータの永続的な利用のためのマイグレーションの機会と捉えること、文書館等のアナログの活動とデジタル化をセットで取り組んでいくことなど、今後の公文書館におけるデータ整備・公開、また、現用文書の管理システムの整備・運用や更新について考えていく上で大へん参考になりました。
 情報通信技術が今後もますます進展していく中、現在の多種多様なソフト、機器、媒体、技術等で保存されている膨大なデジタル・データを永続的に利用できるようにするため、必要なマイグレーションが技術的に、あるいは経費面、作業量・時間等の面から現実的に行っていけるのかどうか、大いに気になるところですが、今回の例会で様々なことを学び、考える機会をいただきました。ありがとうございました。 

 参加記 2
デジタル・データ化の難産の意義
  秋田 慧(翻訳者・主夫)

はじめに
「一方ヘブライ民族は(あれほどの災いや迫害が吹き荒れた後では無理もないが)あらゆる装飾品や飾りもの[=伝統的文化遺産]を失った。彼らが保持できたものといえば、彼らの言語とわずかな書物の、これまたわずかな断片に過ぎなかった。たとえばほとんどの果物や鳥や魚の名前が、その他多くのものとともに、時代の流れに圧迫されて消えてしまった。さらには、聖書に登場する多くの名称や言葉の意味も、まったく忘れられたり、ひとによって解釈が食い違ったりするようになった。」(スピノザ『神学・政治論』第七章、吉田量彦訳)

 …歴史には(完全に、とは言えないまでも)門外漢である私が何故この参加記を書いているのかというと、前日である5月10日に福井県文書館副館長である柳沢さんに偶然お話を伺う機会を得、お誘いを頂くがまま翌日の例会に懇親会まで参加した際、鶴の一声でそのように決まった次第です。

 今回の例会は、ローカルな史料のデジタル化に関する個別事例、その現場で生じている課題の報告と検討が中心でした。
 新渡戸稲造が「地方(ぢかた)學」を提唱してから一世紀以上が経過してなお、日本では、ローカルな歴史に対していかに接するべきか、その明瞭なビジョンが確立されているとは言いがたい状況です。この参加記では、ローカルな史料を取り扱う際に生じる繊細な非対称性に注意を払いつつ、史料のデジタル化がなぜ必要か、同時に、デジタル化への躊躇がなぜ重要か、言葉足らずながら描写していきたいと思います。参加記ということで印象論が中心となることを予めご寛恕願います。

事例報告1:五條市における文書目録の公開について
 奈良県五條市教育委員会文化財課・山崎さんの発表。多数の資料を受入、収蔵しているが、担当者不足などの事情から整理・公開はあまり進んでいないとのこと。
 デジタル・データとして公開されているのは資料の目録のみで、実際の閲覧は事前に申請の上、直接訪問する必要があります。それでも、目録にざっと目を通すだけでも、有名な天誅組関係資料だけでなく、さまざまな旧家に伝わる文書群を収蔵していることが、その大まかな内容とともに確認できます。これは資料の扱いに慣れた(特に遠方の)利用者にとっては有用な情報でしょう。
 しかしながら、おそらくは自宅に居ながらブラウザ上で資料の画像を直接閲覧することを期待する、専門家でない多くの利用者にとっては敷居が高い仕組みです。利用者数がまだまだ少なく、どのようにアピールしていくのかが課題とされていましたが、具体的にはどういった利用者を想定しているのかが明確でないという印象を受けます。現実問題として所蔵者の承諾やプライバシーへの配慮、行政手続との整合性などの制約から目録のみの公開に留まっているとのことでしたが、まずは利用者層を専門家(および学生)に絞り込んで利用を喚起しつつ、段階的に公開の形が熟議されていくことで、価値の高い資料の存在感も高まってゆくのではないでしょうか。そのような楽観的な見通しから遡って見た場合、まずは目録だけでも公開するという苦渋の決断は、きわめて重要な一手であるように感じられました。
 最後にもう一点、五條市教育委員会は資料所蔵者の方々と直接やりとりするという重要かつ非対称な・代え難い役割を果たしています。このやりとりの中でどういった問題が生じ、解決している(あるいは解決が難しい)のか、そうした側面にも興味を抱きました。

事例報告2:画像ホームページでの収蔵資料データ公開
 京都府向日市文化資料館・玉城さんの発表。こちらは事例1よりも早い段階(2000年前後)からデジタル化を目指して取り組んできたもので、息の長い、予算も動いている事例でした。絵画・写真・映像などの、専門家でない利用者も楽しめる資料が既にウェブサイト上で簡単に閲覧できる体制が整っている一方、逆に専門家向けと言える古文書・絵図資料については現状その概説のみで、目録も公開されていません。この点で、(結果的に)専門家向けに特化した形で運用されている報告1と表面上の好対照をなしています。玉城さん自ら「デジタルは苦手」と仰っていましたが、安易なデジタル化に流されることなくあくまで実物資料を慎重に取り扱おうとする学術的な姿勢が見て取れ、その意味では事例1の山崎さんと誠実さにおいて共通している印象も受けました。
 本事例では主にウェブサイトでの公開に関する課題(向日市ウェブサイトの一部として設計されているために自律性や拡張性に乏しいことなど)が挙げられました。この点については、ウェブサイトはあくまでデジタル・データを「見せる」媒体であって、ウェブサイトの設計とデータの設計を分離して考える必要があるのではないかと感じました(ある文章をデータとすれば、同一の文章を新聞紙に印刷するか書籍に印刷するかという部分がウェブサイトに喩えられる)。つまり、ウェブサイトの設計は世に数多あるウェブデザイン業者に依頼することができますが、資料の属性や来歴、特記事項など何をデータとして記録するべきかをデザインすること、こちらがより本質的な課題であって、前者が後者を制約することがあるとしたらそれは幾分危険かもしれません。

事例報告3:テキストのちから 福井県文書館の情報提供と課題
 福井県文書館副館長の柳沢さんの発表。少々時間の制約で急ぎ足になった感も否めませんが、福井県文書館というローカルな事例を紹介しながらも、常にその背後にある普遍的な問題意識と往還しながら進むような明快なものでした。画像(いわば生のデジタル・データ)ではなくテキストの重要性に光を当てるもので、古文書が発見・保存→整理→翻刻というプロセスを経てはじめて「史料」として活用されるという図式は、アナログにおいてもデジタルにおいてもほぼ同様に成立することを再認識しました。しかし、今のところ個人や小集団による地道な作業によるほかない翻刻プロセスが、デジタル化およびオンライン化によって時空間の制約から解放されるとすれば、そこには量的に飛躍し得る可能性が秘められているかもしれません。〔なお、これに関連して京都大学古地震研究会( http://kozisin.info/ )の活動の一環として橋本雄太氏を中心に実装された「みんなで翻刻」というブラウザ上で世界中のどこにいても参加できる協働翻刻の試みを質疑応答においてご紹介しました。この試みは地震史料に限定するというテーマ設定のもとで概ね成功裡に進んでいますが、他のテーマ設定にも敷衍し得るものかどうかは今後の展開が期待されるところです。〕
  秋田さんによる「みんなで翻刻」の紹介
  秋田さんによる「みんなで翻刻」の紹介

 本事例ではさらに、デジタル化の負の側面として、契約業者の変更などの事情でデータとシステムの一貫性が一部失われ、データに明示的にアクセスすることが困難になった「迷子」の問題も紹介されました。今回はデータそのものが失われたわけではなく回復可能(作業は煩雑)なケースでしたが、そもそも物理的な実物資料が保存されており、かつ、そこからデータを設計できる知識を持った人物がいればデータは何度でも再構成し得る反面、実物資料も実物資料にまつわるコンテクストの情報も、そしてそれらを取り扱う経験の蓄積も、一度失われれば二度と取り戻すことができない不可逆的なものだと改めて実感しました。

コメント
 合同会社 AMANE 客員研究員の阿児さんによる、俯瞰的なコメント。配布資料のデジタルアーカイブアセスメントツールは有識者会議の結実した所産であり、デジタル・データ化にあたってあらかじめ想定される問題の切り口やこれに対する解決の方針を目標尺度に応じて整理した表です。実際に資料を取り扱う個別の現場を「ローカル」とするなら、どの現場でも妥当することを指向した「グローバル」なツールと言えるでしょう。
 アセスメントツールを眺めると、先の事例がそれぞれに抱えていた課題に関連する項目が何かしら見出すことができますが、当然ながらそこで得られるものは普遍的な解の方針にすぎず、現実に個別の課題にダイレクトに適用して細部までたちどころに解決するわけではありません。とはいえ、一定の解の方針が提示されるのも確かであり、「ローカル」でしか生じない固有の問題の領域と、「グローバル」な方法を適用できる普遍的な問題の領域とを切り分けるにあたって大いに力を発揮するであろうことは想像にかたくありません。「ローカル」の現場で、所謂「車輪の再発明」を行う労力を省き、本質的な問題と格闘する余地を広げるだけでも、「グローバル」な道具は十分に有用ではないでしょうか。
 しかし、「ローカル」から「グローバル」へのフィードバックはどのようになされるべきか?これは柳沢さんも「アーカイブズ機関の間で具体的な情報を共有するシステムがない」と指摘されている通り、今後も引き続き整備の必要な領域なのかもしれません。
  討論
  討論

おわりに
 とりとめのない走り書きになってしまいました。情報技術が全盛と呼ばれて久しい今日なお難産しているデジタル・データ化の状況は、実物史料が本源的に有する、現場でしか見えないような「割り切れなさ」に潜む情報量の大きさを示唆しているのかもしれません。それでも私は、日本語の痕跡である資料/史料がこうした状況を乗り越え、単一にして不可分の実物資料と無限に増殖する複製(印刷物やデジタル・データ)というふたつの形で時空を超えていく未来を楽観的に夢想してやみません。最後になりましたが、門外漢の私にあたたかく声を掛けて下さった柳沢さん、そして参加者の皆様に深甚の感謝を申し上げます。

Copyright (C)2005 全史料協 All Rights Reserved.