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 The Japan Society of Archives Institutions Kinki District Branch Bulletin
 全史料協近畿部会会報デジタル版
 No.65  2018.12.14 ONLINE ISSN 2433-3204
 第148回例会報告
2018(平成30)年10月22日(月)
会場:(公財)元興寺文化財研究所総合文化財センター


多様な歴史資料に向き合う
 ― 元興寺文化財研究所の木札・版木・聖教・記録資料の調査と修復―

 元興寺文化財研究所は、1961(昭和36)年、元興寺境内での発掘調査を契機として、発掘調査室と中世庶民信仰資料調査室を設置されたことに始まる。その後1967年に財団法人元興寺仏教民俗資料研究所となり、その活動は元興寺に留まらず、日本全国の文化財調査・保存・修復に広げられることとなった。1978年には財団法人元興寺文化財研究所と改名し、2013(平成25)年公益財団法人の認定を受けた。
 その間、研究所の事業拡大に伴い、2ヶ所に分かれていた施設を奈良市南肘塚町に統合し、総合文化財センターと命名された。このたび新設なった総合文化財センターについて、全史料協近畿部会へのお披露目を兼ねる形で、研究所の活動紹介・施設見学を実施する運びとなった。(参考)元興寺文化財研究所ホームページ「総合文化財センター開所について」

三宅徹誠氏「元興寺文化財研究所の聖教(しょうぎょう)・版木調査」
 寺院所蔵の文化財の中から、寺院において本来根本的な基礎となっている教義に基づいて記された聖教と寺院の活動に直結している版木の調査について報告がなされた。
 報告では、まず聖教とは何かという広義・狭義の定義を示した上で、調査内容の要点、記録の取り方などを紹介された。聖教同様、版木についても調査方法などが説明された。聖教や版木は寺院に遺されており、寺院調査の重要な位置を占めていることが確認された。なお、質疑では比較的歴史の浅い真宗寺院が多い地域と、奈良・京都など古代・中世からの由緒を持つ寺院とでは、調査内容に自ずと違いが出てくるのではといったことも出された。
  三宅報告(全史料協近畿部会第148回例会)
  三宅報告
  

金山正子氏「元興寺文化財研究所の記録資料修復」
 古文書、紙資料の劣化に対して、どのような保存修復のあり方があるか、保存修復の4原則を示しながら、具体的には漉嵌(すきばめ)法や真空凍結乾燥法(バキューム・フリーズ・ドライ)などの修復法を紹介された。また、ご自身の近年の海外での活動や震災などの被災資料への対応なども説明された。
 報告の後の施設見学の際、実際の漉嵌の工程を見るなかで、独自の技術や工夫などが随所に確認できた。また修復の心構えとして、報告者が大切にしているポイントについて示された。
  金山報告(全史料協近畿部会第148回例会)
  金山報告

雨森久晃氏「元興寺文化財研究所の木札と版木修復」
 出土遺物の保存処理と伝世資料の保存修復をおこなっていく中で、近年に取り組まれた木札と版木の修復について報告がなされた。
 報告では、木製品の様々な劣化について、生物起因・環境起因・人為的なものなどに分けて解説、その上でエックス線・赤外線を用いた写真や分析、修復工程について説明された。事例として、品川区指定有形民俗版木および豊橋市指定文化財三界萬霊木札、鐘楼棟札の三点を紹介された。
  雨森報告(全史料協近畿部会第148回例会)
  雨森報告

 以上、元興寺文化財研究所総合文化財センターが取り扱う、多様な歴史資料の調査・保存・修復に関して三氏から報告いただいた。この後、センター内で実際進められている工程をすぐそばで、あるいはガラス越しに拝見する貴重な機会を得た。それぞれ熟練された技能をもって対応されていると同時に、先進的な技術、高性能な機器の導入など、歴史資料の調査・保存・修復への飽くなき追究を図っている点に、誰もが感服させられているはずである。今後も高い技術力でもって、この分野の牽引者であり続けられることに、大きな期待が寄せられているであろう。
  (曽我 友良 全史料協近畿部会運営委員)   
 
参加記
元興寺文化財研究所 総合文化財センターで開催された
全史料協近畿部会第147回例会に参加して

   平井 俊行(京都府立京都学・歴彩館)

 平成30年10月22日(月)全史料協近畿部会第147回例会が、奈良市内の公益財団法人元興寺文化財研究所で開催された。天候にも恵まれ午前中には国宝の本堂と特別展「大元興寺展」を開催している展示室兼収蔵庫である法輪館を元興寺文化財研究所の服部光真さんにご案内いただいた。

 午前中からの参加者は4名と少人数でしたが、国宝の本堂では、僧坊の一部が日本最初の浄土教の研究者で奈良時代末の僧、智光が夢想した智光曼荼羅を祀る極楽房として改修され、現在の本堂に至ったこと、内部の柱には平安時代末から鎌倉時代に掛けて極楽房念仏講に寄進された水田の寄進文が彫り込まれていることなどを説明いただいた。法輪館の方では、元興寺ゆかりの寺院等にも協力をいただき、出土遺物や彫刻、絵画、古文書などの各種資料を展示し、古代は国家的寺院として、そして中世以降は都市奈良の中で存立してきた元興寺の歴史等について丁寧に説明をいただいた。

 午後からは、会場を2016年に完成した総合文化財センターに移し、3本の報告とセンター内の見学をさせていただいた。元興寺文化財研究所の職員を含めて18名の参加者があった。私自身も元興寺文化財研究所に伺うのは初めてであり、どのような作業をされているのか、大変興味をもって参加した。

 報告の1本目は三宅徹誠氏から「元興寺文化財研究所の聖教・版木調査」と題したお話しをいただき、聖教とは何かからはじまり、聖教を調査することにより、どのようなことがわかるか、調査の内容など詳細に伺った。中でも聖教調査により寺院と地域社会との関係がわかることがあることや平安時代に特に用いられた漢字の四隅に記号を書くヲコト点の付け方により、流派がわかる点など寺院史を考える上で重要な調査となる点など大変興味深いお話しを伺った。

 2本目は金山正子氏から「元興寺文化財研究所の記録資料修復」と題した報告を伺った。1966年イタリアのフローレンス水害の教訓からの保存修復4原則である1.原形保存の原則 2.可塑性の原則 3.安全性の原則 4.記録の原則をしっかり意識しながら修理に取り組んでおり、伝統的な修復技法の応用としての漉嵌(すきばめ)等のお話しを伺った。美術院で行われるような虫食い穴を一つ一つ繕うような作業時間やコスト等が掛けられない場合の技法としての有効性や後の見学の際伺った内容では使用する器材等により紙の濃度や吸引の時間などなかなかマニュアル化出来ない点など詳細な現状を伺った。

 3本目は雨森久晃氏から「元興寺文化財研究所の木札と版木修復」と題した木質文化財の保存修復の内容を伺った。劣化と損傷の原因には、生物に起因するもの、環境に起因するもの、人為的な劣化など様々な要因が考えられること、それに対して修復工程を詳細に定めて、修理に臨んでおり、修理前後の写真等を多数準備いただき、わかりやすく説明いただいた。
一通りの報告をいただいた後、総合文化財センター内で作業をされている現場を拝見した。紙資料、金属製品、木製品や土器の保存修復の作業内容や最新のエックス線CT画像によりどのようなことが判明するようになったかなど具体的に伺うことが出来た。
  文書資料修復室の見学(全史料協近畿部会第148回例会))
  文書資料修復室の見学

 技術面のお話しを中心として伺っていたが、やはり経済的な側面も合わせた検討が必要であり、報告の中で話しのあった保存修復4原則と合わせて、総合的な判断が行われていることがよく理解できた。さらに従来の技法・材料と最新のものとの組み合わせを日々検討したり、従来からの膠については、単一のメーカーを信用するだけでなく、年やロットによる製品の質の違いまで詳細に検討を加えるなど最善の注意を払って扱っている点などを紹介いただいた。

 最後に印象に残ったお話しは、金山さんが話された「修復したことが一見わからないが、よく見るとわかる程度にする。」との内容だった。私は本来文化財建造物の修理技術者であり、いつも一般の方にお話ししていることが、元興寺文化財研究所で取り組まれている修復のスタンスと同じであることを改めて認識できた点であった。


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